雑記

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【ブルーバックス】食欲を制御するホルモン — レプチン —【食欲の科学】

体重は一定に保たれる?

 とある実験でラットに食事制限をさせたり、無理やり餌を食べさせたりしたものがある。普段やっている餌の半分の量で食事制限をさせると、ラットの体重は減っていく。逆に漏斗みたいな器具を用いて普段の1.5倍の餌を食べさせると、ラットは太っていく。ここまでは想像通りであるが、この食事の操作を止めるとラットの体重は元に戻る*1というのである。

 冷静に考えてみると、これは少し不思議な話ではないだろうか。なぜ太ったら太ったままではないのだろうか?なぜ痩せたら痩せたままでないのだろうか?これは体重を元に戻そうとするメカニズムが身体に備わっている(体重の恒常性と呼ぶ)ことを示唆している。

食欲を制御するホルモン

 では、体重を元に戻そうとするメカニズムは科学的にどのように説明できるのだろうか。それは半世紀以上にもわたる長い科学者たちの努力によって明らかにされつつある。

 結論から述べると、レプチンというホルモンによって食欲が制御される。レプチンは主に脂肪細胞で産生され、血中に分泌される。血中に乗ったレプチンは脳に入り、視床下部に作用する。視床下部外側野(Lateral hypothalamic area)には食欲を促進する神経細胞があり、レプチンはこの神経細胞の活動を抑制する*2。肥満というのは身体に脂肪細胞が増えることである。脂肪細胞が増えれば、レプチンもその分多量に分泌されるということである。したがって、多量のレプチンは脳内において食欲を抑制するようにはたらくため、体重が元に戻るのである。なお、視床下部の外側野は摂食行動を促進するため摂食中枢と呼ばれる。(図:食欲の制御)

 一方で、レプチンは視床下部腹内側核(Ventromedial Nucleus)にも作用する。ここには食欲を抑制する神経細胞がいて、レプチンはこれを活性化している*3。つまり、腹内側核は、満腹を引き起こす役割を持つと考えられるため満腹中枢と呼ばれる。肥満状態における脂肪細胞由来の多量のレプチンが、満腹中枢をポジティブに刺激する結果、体重が元に戻るというメカニズムである。

食欲の制御

 ここまで肥満時に焦点を当ててレプチンの体重減少について説明したが、痩せている時の場合にはこれを逆に考えれば良い。脂肪細胞が少ないのであれば、分泌されるレプチンは少なく、摂食中枢への抑制は軽減する。一方、満腹中枢へのレプチンによる刺激も軽減する。結果、満腹になりにくく、かつ摂食行動が促進されるので、体重が増えると考えることができる。

さいごに:話はここまで単純ではない

 今回、レプチンの大まかな役割を説明した。生理学の教科書では、レプチンが摂食中枢と満腹中枢という二つの中枢に働きかけることは二重中枢説(Dual center theory)として掲載されている。しかしながら、実際の脳はここまで単純ではない。レプチンは視床下部の他の部位(弓状核、室傍核、背内側核など)にも強い発現が認められるし、脳幹の腹側被蓋野にも多く発現していることが明らかにされている。つまり、レプチンの機能はこれで全てではないことを最後に強調したい。

 また、食欲というものは、脂肪の蓄積を待つほど長時間で起こる変化でない。それは経験的に明らかである。昼食を食べても夜にはまた腹が減るのである。この比較的短時間の食欲の変化は、糖分(グルコース)によって説明されうる。脂肪が関わるロングスパンの体重制御を脂肪定常説(Lipo-static theory)、糖分が関わるショートスパンの体重制御を糖定常説(Gluco-static theory)と呼ぶ。

 これら詳細については櫻井武先生著「食欲の科学」を読むことをお勧めします。先生は食欲だけでなく睡眠・覚醒など多くの興味深い生命現象を網羅する一線の研究者である。本書は研究者たちの内情・競争を踏まえており、科学史としても本当に面白い。また、ブルーバックスでは睡眠やこころの科学的メカニズムを説明した櫻井先生の本が別にあるので、そちらもおすすめするとともにブログでもまとめていこうと思う。

*1:ちなみにラットの体重は通常400g程度である。

*2:正確には、レプチンは視床下部の弓状核にある神経細胞に直接作用し(NPY/AGRP/GABAニューロンの抑制)、この下流視床下部外側野に間接的に作用する効果が重要であると考えられている。

*3:正確には、レプチンは視床下部の弓状核の別の神経細胞に作用し(POMC\CARTニューロンの活性化)、間接的に腹内側に影響すると考えられる。