雑記

面白いと思ったことをまとめます

【ブルーバックス】依存と快感の脳科学 __ドーパミン神経__【「こころ」はいかにして生まれるのか】

はじめに

 昨今、ドーパミン神経はメディアによく取り上げられて有名になっています。ゲームをしている時やスポーツをしているときに「今めっちゃドーパミン出てるわ!」という人を何度も見かけたことがありませんか。特にゲームであれば特別なアイテムをゲットした時だとか、スポーツなら店を決めた時など、おそらくドーパミンはポジティブな興奮時に出ている何かなのだと文脈から察することができます。

 結論から言うと、ドーパミン神経細胞から発される神経伝達物質のひとつであり、報酬予測誤差がプラスであるときに放出が増えます。そして、快楽や依存に関わるとされています。報酬予測誤差というのは、実際もらえた報酬とその予測との差という意味です。

今回はこのドーパミン神経に関する実験と具体的な解剖学的知見を紹介します。

ドーパミン神経の活性と報酬予測誤差

 突然ですがとある実験を紹介します。(「こころ」はいかにして生まれるのか p.173 )それを報酬と予測、それの誤差という概念をもって説明します。(報酬) - (予測) = (誤差)を各実験において計算していきます。数値は任意です。

 実験はシンプルで、サルにランプの点灯を見せた後にジュースを与えるだけです(下の図)。ただし、サルの脳にあるドーパミン神経の活性を測定しておきます。

 まず、緑のランプを点灯した後にジュースを与えると、ドーパミン神経が活性化しました。グラフの線がドーパミン神経の活性を表しています。これは、学習前の応答です。報酬がもらえたので 1、それを予測していなかったので 0 なので、報酬予測誤差は 1 - 0 = 1(活性化) です。

 ランプの点灯を提示した後にジュースを与えることを繰り返すと、サルのドーパミン神経はランプが点灯した時に活性化するようになります(学習後)。ランプが光るとジュースが与えられることを学習したと考えられるため学習と呼んでいます*1。これは、ランプ(刺激)によりジュース(報酬)を期待できるようになったと考えられます。ただ一方で、学習後ではジュースが与えられた時のドーパミン神経の活性化が消失しています。報酬はもらえたので 1、もらえると予測していたので 1、報酬予測誤差は 1 - 1 = 0 (変化なし)です。

 さらに、本来ジュースを与えるはずの時に与えないようにすると、ドーパミン神経の活性は低下します。報酬は 0、もらえると予測していたので 1 なので、報酬予測誤差は 0 - 1 = -1 (活性減少)です。

 今度は青のランプを点灯させた後に*2、やはりジュースを与えるのですが、その確率を50%にしてみます。もう半分の50%は何も与えません。これを繰り返して学習させると、ドーパミン神経は青ランプ点灯時に活性化した後、また緩やかに活性を高めているのが確認されました。予測が不確定なので 0.5 と表現すると、報酬予測誤差は図のようになります。

ドーパミン神経と報酬予測誤差

ドーパミン神経の解剖学的知見

 では、実際の脳内でドーパミン神経はどこにあるのでしょうか。また、どこから入力を受け、どこに出力するのでしょうか。櫻井先生の食欲についての本*3を引用してみる。

 期待していたよりも大きな報酬を得ることを「報酬予測誤差」という。そのことは大脳皮質の前頭前野という部分で判断・認知される。前頭前野は状況を判断する機能があるので、報酬が「期待よりも大きい」と認知できるのだ。そしてその情報は内側前脳束という経路を通って、中脳の腹側被蓋野に送られ、ドーパミン作動性ニューロンを興奮させる。活発になったドーパミン作動性ニューロンは、投射先である側坐核ドーパミンを放出する。その結果、快感を感じるとともに側坐核ニューロンに機能的、構造的な変化が起こり、その「報酬」を得ることにつながった「行動」が強化される。「食欲の科学」p.110

 まず、ドーパミン神経は中脳の腹側被蓋野(VTA:Ventral Tegmental Area)にある。そして、報酬予測誤差は前頭前野で何らかの方法で計算され、そこから情報がVTAに送られる。VTAから出力するのは側坐核とあるが、実際には前頭前野(Prefrontal cortex)などにも出力する。出力の機能に関して、本から以下の文章を引用する。  

 腹側被蓋野ドーパミン作動性ニューロンから前頭前野に分泌されたドーパミンは、「主観的な快感」を増強する。一方、側坐核ドーパミンが分泌されると、「その結果のもとになったの脳が判断した行動」が強化される。(中略)
 ということは、動物や私たちは前頭前野で「主観的な快感」を得たから何かに病みつきになるのではなく、側坐核が快感のもととなったと判断した「行動」が強化されて、その行動に病みつきになるのだ。このように、主体的な快感と行動の強化は別々の経路で起きている。「「こころ」はいかにして生まれるのか p.167 」

 最後の一文はかなり興味深い。

VTAのドーパミン神経の出力

さいごに

多くの疑問が残っている。

  • 大脳皮質で予測誤差が計算されるというが、具体的にどのようになされるのか?予測信号と報酬信号はどこに由来するのか。

  • 側坐核での行動の強化、前頭前野での快感の認知はどのように起こるのか?

主にこの二つの疑問に焦点を当てて今後調べていきたい。また更新予定です。  

*1:学習と繰り返していくうちに、ドーパミンの活性化はどのように変化するのでしょうか?ジュースを与えられた瞬間の活性化が減少し、ランプの点灯時の活性化が増加するのでしょうが、それは緩やかに進行するのでしょうか?それとも一気に進むのでしょうか。また、ランプが点灯された後、どのくらいの時間感覚で活性化するかの学習変化も気になります。

*2:色を変えた理由は、緑のランプの学習による影響を排除するためです。実際、緑ランプで学習させた後に、青ランプを見せてもドーパミン神経の活性変化は起こりません。

*3:

『暇と退屈の倫理学』

なぜ人は暇のなかで退屈してしまうのだろうか?そもそも退屈とは何か?

近代はさまざまに価値観を相対化してきた。これまで信じられてきたこの価値もあの価値も、どれも実は根拠薄弱であっていくらでも疑い得る、と。

p.44 ウサギ狩り

ウサギ狩りに行く人がいたらこうしてみなさい。「ウサギ狩りに行くのかい?それなら、これやるよ」そう言って、ウサギを手渡すのだ。

相手はどんな顔をするだろうか。嫌な顔をするとしたら、それはウサギ狩りの目的がウサギを狩ることではないからだと、パスカルは言う。人はウサギという獲物が欲しいのではなく、気晴らしがしたいがために仮に出かける。

p.118 暇と退屈は同じものではない

「暇」と「退屈」という二つの語は、しばしば混同して使われる。「暇だな」と誰かが口にした時、その言葉は「退屈だな」と言い換えられる場合が多い。しかし、当然ながら暇と退屈は同じものではない。

p.216 〈仕事〉は〈労働〉に比べて高い地位を与えられてきた

 アレントによれば〈労働〉とは、人間の肉体によって消費されるものに関わる営みである。例えば食料や衣料品の生産などはそれにあたる。それはかつて奴隷によって担われていた。だから〈労働〉は忌み嫌うべき行為であった。
 それに対し、〈仕事〉は世界に存在し続けて行くものの創造であり、例えば芸術がその典型である。〈労働〉の対象は消費されるが、〈仕事〉の対象は存続する。ゆえに〈仕事〉は〈労働〉に比べて高い地位を与えられてきた。

 もっと一般化できるような気がする。つくる行為に焦点が当たっている。つくられるものに焦点を与えたらどうだろう。

p.276

 何一つ言うことを聞いてくれない場所に置かれるとは、何もないだだっ広い広い空間にぽつんと一人取り残されているようなものである。ハイデッガーはこのことを「余すところなき全くの広域」に置かれると表現する。
 そのような広域に置かれると言うことは、外から与えられる可能性が全て否定されていると言うことだ。外からは何も与えてもらえない。あらゆる可能性が拒絶されている。するとどうなるか?
 人間は自分に目を向ける。

 何もやるべきことがない時、人は自分に目を向けなければならない、これはわかる。では、自分に目を向けて、具体的に何を問うのか?

p.490 脳の中には次のような三つのネットワークがあることがわかっているのだという

熊谷によれば、現在、脳の中には次のような三つのネットワークがあることがわかっているのだという。
⑴ デフォルト・モード・ネットワーク(default-mode network: DMN)
⑵ 前頭頭頂コントロール・ネットワーク(front-parietal control network: FPC)
⑶ サリエンス・ネットワーク(salience network: SN)

⑴ は何もしていないとき、⑵ は予測モデルに対して小さな誤差が生じたとき、⑶ は大きな誤差が生じたときの脳の状態であるという。

SN では島皮質の前部(anterior insular cortex: AI )の活性化が重要であることが示唆されているが、脳の部位間での具体的な関係は明らかではないという。2023年の研究で、オプトジェネティクスによるAIの活性化により、DMNに関わる脳領域の活性が抑制されることがラットで示されている。

【ブルーバックス】食欲を制御するホルモン — レプチン —【食欲の科学】

体重は一定に保たれる?

 とある実験でラットに食事制限をさせたり、無理やり餌を食べさせたりしたものがある。普段やっている餌の半分の量で食事制限をさせると、ラットの体重は減っていく。逆に漏斗みたいな器具を用いて普段の1.5倍の餌を食べさせると、ラットは太っていく。ここまでは想像通りであるが、この食事の操作を止めるとラットの体重は元に戻る*1というのである。

 冷静に考えてみると、これは少し不思議な話ではないだろうか。なぜ太ったら太ったままではないのだろうか?なぜ痩せたら痩せたままでないのだろうか?これは体重を元に戻そうとするメカニズムが身体に備わっている(体重の恒常性と呼ぶ)ことを示唆している。

食欲を制御するホルモン

 では、体重を元に戻そうとするメカニズムは科学的にどのように説明できるのだろうか。それは半世紀以上にもわたる長い科学者たちの努力によって明らかにされつつある。

 結論から述べると、レプチンというホルモンによって食欲が制御される。レプチンは主に脂肪細胞で産生され、血中に分泌される。血中に乗ったレプチンは脳に入り、視床下部に作用する。視床下部外側野(Lateral hypothalamic area)には食欲を促進する神経細胞があり、レプチンはこの神経細胞の活動を抑制する*2。肥満というのは身体に脂肪細胞が増えることである。脂肪細胞が増えれば、レプチンもその分多量に分泌されるということである。したがって、多量のレプチンは脳内において食欲を抑制するようにはたらくため、体重が元に戻るのである。なお、視床下部の外側野は摂食行動を促進するため摂食中枢と呼ばれる。(図:食欲の制御)

 一方で、レプチンは視床下部腹内側核(Ventromedial Nucleus)にも作用する。ここには食欲を抑制する神経細胞がいて、レプチンはこれを活性化している*3。つまり、腹内側核は、満腹を引き起こす役割を持つと考えられるため満腹中枢と呼ばれる。肥満状態における脂肪細胞由来の多量のレプチンが、満腹中枢をポジティブに刺激する結果、体重が元に戻るというメカニズムである。

食欲の制御

 ここまで肥満時に焦点を当ててレプチンの体重減少について説明したが、痩せている時の場合にはこれを逆に考えれば良い。脂肪細胞が少ないのであれば、分泌されるレプチンは少なく、摂食中枢への抑制は軽減する。一方、満腹中枢へのレプチンによる刺激も軽減する。結果、満腹になりにくく、かつ摂食行動が促進されるので、体重が増えると考えることができる。

さいごに:話はここまで単純ではない

 今回、レプチンの大まかな役割を説明した。生理学の教科書では、レプチンが摂食中枢と満腹中枢という二つの中枢に働きかけることは二重中枢説(Dual center theory)として掲載されている。しかしながら、実際の脳はここまで単純ではない。レプチンは視床下部の他の部位(弓状核、室傍核、背内側核など)にも強い発現が認められるし、脳幹の腹側被蓋野にも多く発現していることが明らかにされている。つまり、レプチンの機能はこれで全てではないことを最後に強調したい。

 また、食欲というものは、脂肪の蓄積を待つほど長時間で起こる変化でない。それは経験的に明らかである。昼食を食べても夜にはまた腹が減るのである。この比較的短時間の食欲の変化は、糖分(グルコース)によって説明されうる。脂肪が関わるロングスパンの体重制御を脂肪定常説(Lipo-static theory)、糖分が関わるショートスパンの体重制御を糖定常説(Gluco-static theory)と呼ぶ。

 これら詳細については櫻井武先生著「食欲の科学」を読むことをお勧めします。先生は食欲だけでなく睡眠・覚醒など多くの興味深い生命現象を網羅する一線の研究者である。本書は研究者たちの内情・競争を踏まえており、科学史としても本当に面白い。また、ブルーバックスでは睡眠やこころの科学的メカニズムを説明した櫻井先生の本が別にあるので、そちらもおすすめするとともにブログでもまとめていこうと思う。

*1:ちなみにラットの体重は通常400g程度である。

*2:正確には、レプチンは視床下部の弓状核にある神経細胞に直接作用し(NPY/AGRP/GABAニューロンの抑制)、この下流視床下部外側野に間接的に作用する効果が重要であると考えられている。

*3:正確には、レプチンは視床下部の弓状核の別の神経細胞に作用し(POMC\CARTニューロンの活性化)、間接的に腹内側に影響すると考えられる。

【ブルーバックス】恐怖学習の謎 —— 青斑核ニューロン ——【つながる脳科学】

6章 脳と感情をつなげる神経回路

恐怖学習とは

 怖い国語の先生がいたとします。あなたは国語は好きですが、先生は怖いと思っていてあまり好きにはなれません。先生が大きな音をたててドアを明け教室に入ってくると、心臓がバクバクして落ち着きません。これが恐怖学習の一例です。

 ある感覚刺激と強い嫌悪的刺激を連続して、あるいは同時に経験すると、その感覚刺激によって、行動や生理的な反応が変化するようになります。これが恐怖学習です。恐怖学習は、生物の生存にとって重要な機能です。しかし、恐怖記憶に強く支配されると、人間でいう「不安障害」や「うつ」といった精神障害につながる恐れがあります。p.203

 国語の授業は「ある感覚刺激」にあたり、怖い国語の先生は「嫌悪的刺激」にあたります。本来であれば、国語の授業は好ましいものでしたが、怖い先生のおかげで、心臓をバクバクさせるように生理的な反応を変化させました。教室に逃げ場はないので、これが生存にとって重要だとはいえません*1。むしろ国語の授業が嫌になり、鬱につながることもあり得るかもしれません。では、恐怖学習は脳の中でどのように起こっているのでしょうか?

 近年、マウス(やラット)を使った恐怖学習の研究が主になされています。ある何の意味もない音を聞かせて、嫌な電気ショックを与えることで、その音を聴かせるだけでビビらせてやろうという仕組みです。ある音が感覚刺激で、電気ショックが嫌悪的刺激にあたります。ビビらせるというのは、マウスは音を嫌なものだと学習すると、体を強ばらせ動かなくなる(Freeze)ため、それを学習の指標にしようというものです。研究では、どのような神経回路が学習に重要であるのかを調べていきます。その際にはオプトジェネティックス*2や薬理学的手法*3で、特定の神経の活動を操作し、それにより行動がどう変化するかを見ることで研究を進めます。

恐怖学習の神経回路とその謎

 マウスに音を聞かせると、耳に入り、大脳皮質の聴覚野で処理された後、神経を通り扁桃体に至るとされています。より具体的には扁桃体外側核に至ります。一方で、電気ショックを与えると、その刺激も同じく扁桃体の外側核に入ってきます。扁桃体外側核の神経は、扁桃体中心核に神経を送り、結果的にFreezeのような行動の変化を起こすと考えられています。

 学習が成立する前は、聴覚野からの神経シグナルはFreezeを起こしません。これは、聴覚野から扁桃体外側核への神経が作るシナプスの強度が弱いからです。学習が進むとともに、このシナプス強度が強まることが実験的に明らかにされています*4シナプス強度が強まると、聴覚野からの神経だけで、下流の中心核へ情報が伝達するようになり、Freezeを引き起こすと考えられます。

   これを人為的に再現するため、以下のような実験がなされました。そして、不可解な現象が発見されたのです。

 電気ショックを与えずに音を聞かせながら、電気ショックの代わりにオプトジェネティクスでラットの扁桃体を興奮させた*5時も、恐怖学習は完成しませんでした。(厳密には、弱いフリージングは観察されました。)
 しかし、音を聞かせ、かつオプトジェネティクスで扁桃体を活性化させるとき、同時にノルアドレナリン受容体を活性化させるイソプロテレノールで薬理学的に活性化させると、恐怖学習が成立しました。音を聞かせるだけで、ラットは十分長い時間の、フリージングを示したのです。p.215

つまり、恐怖学習を成立させるには、聴覚野からの感覚刺激と電気ショックからの嫌悪刺激だけでなく、ノルアドレナリン性の扁桃体への刺激も必要であることが明らかになったのです。

恐怖学習に必要なノルアドレナリン性入力

 恐怖学習に影響するノルアドレナリン性入力は、青斑核由来であると考えられています。オプトジェネティックスにより、青斑核から扁桃体へ投射するノルアドレナリン神経の活動を抑制すると、恐怖学習が成立しなくなることが実験的に確かめられています。なぜ恐怖学習には青斑核からの入力が必要なのでしょうか?*6

恐怖学習の神経回路

青斑核の活動はどういう状況で高まるのか?

調べています

記憶するべき状況で、ノルアドレナリンが分泌されているのではないか?アテンション

*1:森の中で住む動物であれば、熊のような恐ろしい生物がやってくる状況を記憶するのは重要です。例えば、熊のフンを見て怖いと思いその場から立ち去るのは、生存にとって有利です。

*2:神経にある波長の光を当てて、人為的に興奮(活性化)させる手法です。光で活性化するイオンチャネルなどを遺伝学的に導入し発現させる前準備が必要になります。興奮だけでなく、抑制もできます。

*3:あるタンパク質の受容体に拮抗して、その機能を阻害する薬を使ったりします。オプトジェネティクスと同じく神経を興奮させるためにも使われますが、薬は広範囲に持続的に作用するため、阻害実験に比較的多く使われるイメージです。ただ、以下では興奮のために薬が使われていますが。

*4:理論的にヘブの法則として知られています。

*5:扁桃体の外側核を活性化させたのだと考えられます。電気ショックに由来する扁桃体への神経伝達が、どの神経物質に担われるのか、調べたいと思います。

*6:電気ショックを予測づけるような感覚刺激を単純に記憶させればいいような気がします。

【ブルーバックス】逃走・闘争反応の脳科学【自律神経の科学】

参考図書

逃げるか、戦うか、それとも待つか

 動物は、さまざまな他の動物と対峙します。あるときには熊のような怖い動物であったり、あるときにはウサギのような可愛い動物であったり、その判断は瞬時になされるでしょう。そして、熊であれば心臓がどくどくと脈打ち、ウサギであれば心が安らぐかもしれません。それは反射的に起こる反応であり、自律神経が大いに活用された応答でもあります。  

 ここで、森の中の茂みで、何かの動物がガサゴソ音を出していたとしましょう。姿は見えず、その音から察するに熊よりも大きく、ウサギよりも大きそうです。とりあえずじっと待ち、その音に耳を澄ませます。そして、逃げるべきか、逃げずに戦うべきか考えることでしょう。大きな熊であれば逃げたほうがいいし、子熊であれば勝てそうです。とにかく、対象が何であれ、このような状況はストレスであります*1

ストレスに対処するには、①自らストレスの対処に立ち向かう(Fight:闘争)か、②その対象からいち早く逃れる(Flight:逃走)か、あるいはじっと待つか(Freeze:すくみ)か、などがあります。(自律神経の科学、p.129)

 本書ではさらに以下のように自律神経との関係が説明されます。①闘争と②逃走はどちらも積極的な行動であり、交感神経の非常に強い活動があります。一方、③すくみは消極的な反応であり、副交感神経の強い活動があります。

 ここで疑問が多く浮かびます。まず、これらの応答の初期の判断は脳でどのようになされているのかという判別の問題。次に、判断がなされた後で、交感神経または副交感神経の神経伝達はどこから始まり、どのように流れるのかという神経解剖的な疑問。また、闘争と逃走時は全く別物の応答であるが、交感神経応答は同じであるのか。

 ここでは、解剖学的に調べてみたいと思います。手がかりとして、ブルーバックスでは次のような記述がありました。ストレス時にストレス応答を誘発できる脳部位は、視床下部や脳幹にあるとされています。例えば、脳幹の中脳には交感神経を強める場所と弱める場所が発見されており、それぞれ①闘争②逃走反応と③すくみ反応に通じると考えられているようです。

自律神経の上位中枢

 ストレス応答を誘発できる部位として視床下部が挙げられていた。視床下部は多くの神経核*2から構成されている。その中でも、第三脳室の傍らにある神経核である室傍核(PVN:Paraventricular Nucleus)に自律神経の上位中枢がある。

PVN には脳幹や脊髄の自律神経節前ニューロンの細胞体に軸索を投射するプレ自律性ニューロンが存在しており,自律神経系の上位中枢として機能している.*3

 室傍核のプレ自立性ニューロンから、弧束核(nucleus tractus solitarii / solitary nucleus)や caudal ventrolateral medulla へ投射する*4

 

さいごに

ちょっと飽きたのでまた今度書きます。

*1:書いていて思ったのですが、すくみ応答というのは対象が不明である状況に限られるのではないでしょうか?対象が見えていたりして(あるいは音で)明確であれば、逃げるか戦うかすればいいと思えるからです。実際に有名な実験系で、マウスに音を提示した後に電気ショックを与えて、恐怖を学習づけるとすくみ応答を起こすということがあります。これは対象が明らかでないからではないでしょうか?あるいは逃げ場がないからすくんでいるだけなのか。三つの応答が果たして同列に考えられるのかは疑問です。実際に、逃走か闘争かと二種類の応答として考えている生理学者もいます。

*2:神経細胞の細胞体が集まる部分。ちなみに細胞体が集まる脳部位は肉眼で灰色に見えることから灰白質と呼ばれる。一方、細胞体以外の軸索などからなる部分は白く見えることから白質と呼ばれる。軸索を取り巻くミエリン鞘は白い脂質を多く含むため白く見える。

*3:視床下部:自律神経系と神経内分泌系の統合中枢」https://www.jstage.jst.go.jp/article/ans/59/2/59_165/_pdf/-char/ja

*4:これらが既に自律神経の節前神経と考えてもいいのだろうか?

【ブルーバックス】怒られた後に涙が出るのはなぜ?【自律神経の科学】

参考図書

主に「第二章 涙や唾液や自律神経」を参考にしました。本書では唾液分泌と流涙の共通点など交えながら、より詳しく解説されています。

怒られている最中より、怒られた後に涙が出るのはなぜ?

 怒られて涙が出てきたという経験は誰しもが持っていると思います。怒られている最中には涙は出てこず、その後に気持ちが落ち着くと涙が出てくるのではないでしょうか*1。これはどうしてでしょう?それには神経、特に自律神経の働きが関わってくるのです。

 結論を先に述べますと、怒られている最中には交感神経の活動が高まり、説教が終わるとその活動が減衰します。その変化とは逆に、今度は副交感神経の活動が高まってくるのです。交感神経の一過性の高まりが、副交感神経の働きを促進することで涙が出ると考えられています*2

 そもそも涙はどこから出てくるのでしょうか?

 まず、涙は目のすぐ隣にある涙腺という器官から分泌されます。涙腺には神経が走っていて*3この神経の働きにより、涙が出るのです。涙腺がどのような構造で、どのように涙が出てくるのかの詳細は後半にご説明するとして、自律神経の説明をします。

涙の自律神経

 自律神経が神経系においてどこに位置づけられるかは教科書的なので割愛します。さて、涙腺へ投射する副交感神経は脳幹(上唾液核)から出る一方で、交感神経は胸髄から出発します。これらは途中で翼突管神経でまとまりながら、涙腺へ投射しています。

涙腺の構造

 涙腺にある分泌細胞から涙が分泌され、それがDuctを通ってくるようです。流れ出た涙は涙点から体内へ入り、鼻腔へと抜けます。

まとめ

 なんで一過性の交感神経の活動が大事なんでしょう?実は交感神経も副交感神経も涙の分泌を促進する働きを持っている…

*1:怒られている最中に涙が出てくることもあります。私も子供の頃に経験しました

*2:図の自律神経の活動はイメージです。実際には交感神経の活動はより短時間かもしれません

*3:専門的には神経が涙腺へ投射していると言います。

【ブルーバックス】疲労とはなにか【近藤一博 著】

」、執筆中

序章 疲労を科学するには

疲労を客観的に測定する

唾液中のウイルス(HHV-6)の量で疲労を測る

 「疲れるとヘルペスが出る」という現象は、潜伏感染していた単純ヘルペスウイルス1型が、宿主がひどく疲れたときに再活性化して、口唇ヘルペスという発疹をつくることによって起こるのです。p.23

単純ヘルペスウイルス1型...ヒトに感染するヘルペスウイルス(全9種)の一種。一般的にヘルペスウイルスは、子供の頃に感染したあと体内に潜み続ける(潜伏期間)。宿主が疲れた時など何らかの刺激に際して再活性化(増殖)する結果、口唇ヘルペスなどの症状を呈する。

 われわれは、この潜伏しているHHV-6が、残業がしばらく続いた、といった中程度の疲労によって再活性化することを見出しました。再活性化したHHV-6は唾液中に放出されるので、唾液中のHHV-6の量を測定することで、人がどのくらい疲労しているかがわかる可能性があることに気付いたのです。

HHV-6(Human Herpesvirus 6)...ヒトに感染するヘルペスウイルス*1の中で6番目に発見された。ほぼ全ての赤ちゃんに親や兄弟から感染し、突発性発疹を起こした後、体内で一生涯潜伏する。

ヒトを宿主とするヘルペスウイルス*2

第1章 生理的疲労とはなにか

疲労感とは

 過剰な活動によって体の組織に障害が生じているときに、脳にその危険を知らせてくれるのが「疲労感」という感覚です。脳はこの感覚を感じることによって、無意識に活動を低下させます。
 組織が障害されたことを知らされてくれる感覚が「痛み」であることはご存知でしょう。「疲労感」とは、傷害される前にそろそろ危ないということを知らせてくれる感覚である、と考えることもできます。両者はともに「生体アラーム」と呼ばれる信号の一種とされています。

痛みと疲労感は、身体の組織にダメージが及んでいる時に生じる感覚という点で似ている。どこが違うんだろう?
疲労感を生じる要因は何だろう?

疲労感を生じる要因は何だろう

 体内で産生された「炎症性サイトカイン*3」という物質が脳に入って、脳に働きかけることで生じるのです。p.33

炎症性サイトカインが疲労感のもとになると考えられる理由は、

  • 筋肉の運動:筋肉で?炎症性サイトカイン→疲労

  • ウイルス性肝炎:肝臓で炎症性サイトカイン→疲労

  • 動物のウイルス感染モデル

  • 炎症性サイトカインの投与

なお、炎症性サイトカインには複数の分子が含まれていて、主なものでもIL-1β、IL-6、TNFαなどいろいろありますが、どれが疲労感を生じさせるかは、あまりよく分かっていません。その理由は、これらの炎症性サイトカインのどれか一種でも脳や末梢組織に存在すると、他の炎症性サイトカインも誘導されてしまうため、どれが主役なのかを特定することが難しいからです。*4

 

HHV-6と炎症性サイトカインの関係

「HHV-6の再活性化を誘導する因子が、炎症性サイトカイン産生を誘導している」という仮説を立てました。そして、その因子が本当に疲労を誘導できるかを確認しようと考えたのです。p.38

 eIF2α(Eukaryotic Initiation Factor 2α)のリン酸化が、HHV-6の再活性化をバイパス経路を介して誘導することが明らかになっていた。なんのバイパスなのか。
 リン酸化eIL2αは、ISR(Integrated stress response:統合的ストレス応答)を介して、タンパク質合成を抑制(翻訳を抑制)する。このISRのバイパスというわけである。では、なぜタンパク質合成が抑制されるのか。以下のような説明がありました。

 ストレスがかかった状態で無理にタンパク質をつくっても、正しいタンパク質が作れず、変なタンパク質をつくって細胞が死んでしまったり、がんになったりします。ウイルスに感染されている場合は、タンパク質をつくっても細胞がウイルスに乗っ取られているので、ウイルスのタンパク質をつくってしまいます。そのような時には、下手にタンパク質をつくらずに、じっとしている方が得策です。こうした場合に、タンパク質合成をストップするのが統合的ストレス応答、ISRというわけです。p.40

第2章 慢性疲労症候群

 慢性疲労とは、長期的(数ヶ月〜数年)に続く疲労のことである。この「長引く疲労」の他にも、睡眠障害、筋肉痛、関節痛、微熱、首やリンパ節の腫れなどの症状が見られ、慢性疲労症候群と呼ばれている。「筋肉痛」を高頻度で呈するため、正式名称は筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS: Myalgic Encephalomyelitis/Chronic Fatigue Syndrome)とされている。
 慢性疲労症候群では、HHV-6の再活性化が見られず、かつ脳内で炎症が生じている。そこが短期的な生理的疲労との違いである。原因は明らかになっておらず、ウイルス説などが掲げられているが、実体となるウイルスはまだ分かっていない。強い疲労感および倦怠感を伴う新型コロナ後遺症との類似性から、4章で関係が述べられている。

第3章 うつ病

 WHOの基準ではうつ病の3代症状は「疲労感」「抑うつ気分」「喜びの消失」であると言いましたが、米国精神医学会の診断基準であるDSM-5によると、うつ病と診断するために必須な症状は「抑うつ気分」または「喜びの消失」となっており、「疲労感」が消えてしまっているのです。p.97

うつ病の発症にかかわる分子メカニズム

 マクロファージで潜伏感染しているHHV-6は、潜伏感染遺伝子H6LTからmRNAを発現する。このmRNAは、HHV-6を再活性化する作用を持つIE1タンパク質とIE2タンパク質をコードしているが、uORFの作用でタンパク質酸性が止められている。しかしeIF2αのリン酸化によってuORFの制御が外れると、IE1タンパク質とIE2タンパク質が産生されるようになり、潜伏感染していたHHV-6が再活性化する。p.125

ウイルスの再活性化が脳内炎症を引き起こす細胞分子メカニズム

第4章 新型コロナ後遺症

第5章 ついにすべてがつながった

第6章 人類にとって疲労とはなにか

*1:二本鎖DNAウイルスの一種。直径120~200nmの球状。

*2:https://kotobank.jp/word/単純ヘルペスウイルス-1364035

*3:体内の末梢の組織で生じる小分子。

*4:炎症性サイトカインは血液脳関門を通過しうるし、神経を通って脳に入ることができる。また、血液脳関門でプロスタグランジンに変換されて、脳に入ることもできる。